2022年頃から、「リテールメディア」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
Webブラウザのクッキー規制によってファーストパーティデータ(※)の重要性が高まったこともあり、購買データをもとに精度の高い広告配信ができるリテールメディアにシフトする企業は増えつつあります。
この記事では、小売企業の新たな収益源として注目されている、リテールメディアとは何かをお伝えしていきます。
<こんな方におすすめ>
- リテールメディアとは何か知りたい
- リテールメディアの運営を検討している
- 成功した事例を知りたい
- どのような点に気を付けて運営すればよいのか気になる
※ファーストパーティデータ:企業が自社で収集した顧客データのこと。第三者を介さずに得られた顧客の名前、連絡先、購買情報やPOSデータなどが当てはまる
リテールメディアとは
リテールメディア(retail media)とは、ECサイトや店舗アプリ、店頭に設置されたサイネージなどを活用して小売企業が運営するメディアのことです。
デジタルマーケティングの文脈では、ECサイト・アプリ・SNS・検索エンジンに用意された広告スペースに、小売店の顧客データを活用してオンライン広告を配信する仕組みを指すこともあります。
具体的な活用イメージとしては、
- スーパーマーケットが運営するECサイトに食品メーカーが広告を出稿して購買を促進する
- 閲覧数の多い小売メディアに親和性のある各企業が広告を出稿して認知拡大を狙う
といった活用方法が考えられます。

リテールメディアの運営イメージ
リテールメディアは、米国では検索(リスティング広告)やSNSに続く、デジタル広告の第三の波として注目されており、企業の出稿金額は下図のように右肩上がりとなっています。
■出典:「US Digital Retail Media Ad Spending,2019-2024」(eMarketer)
リテールメディアがあると、買い物体験はどう変わる?
リテールメディアによるユーザーのメリットとしては、自身の興味関心に合った商品情報を受け取れるようになる点です。
どのように買い物体験が変わるかは、以下の動画がストーリー仕立てになっていてわかりやすいので、視聴してみてください。
■出典:「What is Retail Media」(Criteo)
【動画の内容】
- 今朝、トムはコーヒーマシンが壊れたことに気づき、買い替えるためにECサイトを閲覧
- 閲覧したサイトでは、ホリデーシーズンのギフトに関連する広告が掲載されており、こちらも気になりつつ検索を続ける
- 続いて、コーヒーメーカーの広告が登場。詳細ページに行くと、そのメディアに広告出稿する他のコーヒーメーカーが関連商品として一覧表示される。トムは気になった商品をカートに入れる
- 出社の時間になったため、会社に向かう
- 午後、トムは昼休み中に見ていたニュースサイトで、先ほどカートに入れていたコーヒーメーカーの広告を発見。カートに入れたまま購入していなかったことを思い出し、購入を完了させる
- 後日、トムがECサイトを再び閲覧していると、ホリデーシーズンのギフト広告が表示され、興味を持っていたことを思い出す
動画内では、ECサイト上だけで商品の比較検討を促したり、カゴ落ち防止のためにオンライン広告でリマインドしたり、次に購入をおすすめしたい商品の案内をしたりと、顧客に合わせて発信がパーソナライズされています。
このように、小売企業が持つファーストパーティデータを活用して、広告をパーソナライズできるようになるのがリテールメディアの利点です。
国内では今後拡大が予想されている
リテールメディアは、アメリカでは市場が大きくなっているものの、日本ではまだ新たな施策として認知されはじめたばかりです。
現在、さまざまな広告代理店やメーカー、小売企業に注目されており、国内におけるリテールメディア広告市場は2023年には135億円、2026年には約6倍の805億円規模に拡大すると予測されています。
■出典:「CARTA HOLDINGS、リテールメディア広告市場調査を実施」(株式会社CARTA HOLDINGS)
注目される背景
リテールメディアが注目されている背景は、大きく2つあります。
【1】購買のオンライン化
2020年頃の世界的なパンデミックをきっかけに、購買のオンライン化が進んだことは、リテールメディアの発展を後押ししました。
eMarketerによる調査結果(下図)によると、コロナが騒がれ始めた2019年以降、リテールメディア(グラフ内の赤い箇所)の広告の比率が激増しています。
■出典:「Analyst Take: Why retail media is destined to be the biggest of digital advertising’s three big waves」(eMarketer)
コロナ禍が落ち着いたとはいえ、生活者はオンラインでの買い物に慣れており、今後も引き続きオンラインでの購買ニーズは続くことでしょう。
【2】3rd Party Cookie(サードパーティクッキー)の規制
Webマーケティングを行っている方はご存知かもしれませんが、サードパーティクッキーの規制も、リテールメディア市場拡大の追い風となっています。
サードパーティクッキーとは、端的に言えば、あるサイトでのユーザーの行動や嗜好といった情報を第三者が追跡できる技術のことです。
この技術はマーケターにとっては有益な情報源であった一方で、プライバシー上の懸念が指摘されており、3rd Party Cookieがデフォルトでブロックされているブラウザは増えています。
一方のリテールメディアは、小売プラットフォームによって収集されたファーストパーティデータを活用できます。
つまり、サードパーティクッキーの規制が拡がった結果、他のサイトや広告メディアから情報を得ることができなくなり、企業は自社でデータを取るしか情報収集の手段が無くなってしまった。
そこで、顧客との接触頻度が高く、直接接点を持てる小売業のサイトやアプリにメディアとしての価値が出てきた、ということです。
リテールメディアから得られた情報はファーストパーティデータのため信頼性が高く、より精度の高いパーソナライズができる点も、押さえておきたいポイントです。
活用メリット
リテールメディアは、運営企業・利用企業・エンドユーザー三者にとってメリットのあるメディア形態です。
【1】小売企業:広告から収益が得られる
リテールメディアのビジネスモデルは、ブランド企業が小売業またはプラットフォームベンダーに広告費を支払うことでプロモーションをする、というものです。
小売企業は、既に持っている資産(自社プラットフォームやWebサイトなど)を活用して、新たな収入を得ることができます。
【2】ブランド企業:小売企業の顧客データを利用できる
ブランド企業(広告主)は、小売企業が持つ顧客情報を活用して、新規顧客開拓やブランディングを行うことができます。
先述したように、一次情報に基づく顧客データを活用できるので、信頼性の観点でも懸念は少ないでしょう。
【3】ユーザー:興味関心に合った情報を受け取れる
冒頭で紹介した動画にあるように、リテールメディアではユーザーの閲覧・行動履歴などをもとに情報をパーソナライズできます。
ユーザーの趣味趣向や好みに近い発信ができるため、ユーザーとの関係値向上がしやすく、より質の高い購買体験を提供できるでしょう。
その結果ユーザーの購買モチベーションが上がれば、運営企業・広告主にとってもプラスな効果が得られます。
このように、リテールメディア運営は、企業にとって三方良しとなるメディア形態です。
リテールメディアの事例
リテールメディアの活用事例を国内外から9つ紹介します。
【1】Walmart(ウォルマート)
ウォルマートは、アメリカに本部を置く、世界最大のスーパーマーケットチェーンです。
2022年時点で、同社が運営するリテールメディアは全米で成長率No.1を誇っています。(※)
ウォルマートのECサイトでは、商品一覧ページが整理されたシンプルなデザインで表示され、その中に溶け込むようにスポンサー広告が出ています。
たとえば、下画像のように、広告なのか分からないほど自然にチョコレートやジュースのビジュアルがサムネイル表示されています。
ウォルマートのECサイト内に表示される、食品メーカーの広告(画像最下部)
また、リテールメディアでは自社のショップで売られている商品の広告を出すのが一般的とされていますが、ウォルマートのECサイトでは、クレジットカードの広告も出稿されていたりと、広告主の幅が広いことも印象的です。
ウォルマートのECサイトトップページ表示される、金融系の広告(画像最下部)
ウォルマートのリテールメディアについては、こちらの動画で解説されているので、興味のある方は視聴してみて下さい。(※英語サイトとなります)
※参考:「わずか5年で4兆円市場に急拡大!リテールメディア売上を増やす3つの方法とは」
■参考:ウォルマート公式サイト
【2】Amazon(アマゾン)
アマゾンは、アメリカのリテールメディア市場の7割を占めており、日本においても最も浸透しているリテールメディアと言えるでしょう。
アマゾンのリテールメディアの特徴は、顧客の検索意図に沿った広告を表示できることです。
たとえば、アマゾンのアプリで水を検索するとします。すると、アマゾン内で取り扱いのある、関連商品一覧の中に複数のメーカーによる広告が表示されます。
広告は、一般商品のような見え方になっているものもあれば、バナーや動画が表示され商品購入ページへの導線とディスプレイ広告を兼ねた内容のものもあります。
ユーザーにとっては、欲しい商品の情報であることに変わりはないので、広告だと気付かずにタップしているケースも多いでしょう。
【3】ヤマダデンキ
ここからは、国内での事例を紹介していきます。
大手量販店チェーン「ヤマダデンキ」は、IoTやAI活用を得意とするDX支援会社のアドインテとともに、リアル店舗にあるデジタルサイネージとアプリを活用したリテールメディアを展開しています。
仕組みとしては、モバイルアプリと連動させ、サイネージ広告媒体で発信する広告枠を販売するというもの。
このメディアでは、動画の放映はもちろん、アドインテが独自開発をしたIoT端末「AIBeacon」を活用し、放映しているコンテンツと連動した情報をアプリのプッシュ通知で配信できます。

■出典:流通ニュース「ヤマダHD/アドインテと協業、全店舗に棚前デジタルサイネージメディア設置」
すでに、全国約700店舗にて、サイネージメディア7,000面が設置されており、ヤマダデンキへの来店者へ広告を見てもらうことが可能です。
アプリも、Androidだけで1,000万ダウンロードを超えており、今後も大きなメディアに成長していくことが期待されます。

■出典:流通ニュース「ヤマダHD/アドインテと協業、全店舗に棚前デジタルサイネージメディア設置」
【4】ファミリーマート
ファミリーマートは、全国に24,000店舗以上を構えるコンビニチェーンです。(※2022年2月時点、フランチャイズ店含む)
同店では、デジタルサイネージやレジ前モニター、チラシなどを活用して、店舗そのものをメディア化する形でリテールメディアを推進しています。

■出典:ファミリーマート公式サイト
店内では、販促物の設置のほか、ラジオ感覚で聴ける「ミックスファム」という番組を提供しており、平均滞在時間に合わせた尺の中で、広告やブランディング目的のスペシャルプログラムを配信することもできます。
視覚・聴覚という五感に訴えかけるリテールメディア運営を実現しており、他のコンビニチェーンと比較しても先進的な試みを進めているのが特徴です。
実際に、モニターで紹介した商品の売上が最大で7割上がった実績もあり、今後もさらなるメディアの拡大が予想されます。
■参考
・JBpress「リアル店舗の生き残りは『店舗のメディア化』」
【5】セブン-イレブン
セブン-イレブンジャパンは、全国に21,000店以上の店舗展開をしている、国内最大手のコンビニチェーンです。(※2023年3月末時点)
同社では、2022年9月1に「リテールメディア推進部」が発足し、自社アプリやサイネージを活用したメディア運営に力を入れています。
1,800万人以上が利用するセブン-イレブンアプリでは、広告枠を設置し、店舗で商品を扱うメーカーの広告を配信しています。
また、アプリで得た購買データを活用して、ある商品とその類似商品に購買履歴のあるユーザーへSNS上で広告配信とアプリ上のバナー広告の掲載をするなどの取り組みを行い、購入率を2.3倍に上げることに成功しました。
他にも、購買情報をもとにしたランキングコンテンツを設けているなど、顧客が楽しめるメディアのあり方を追求しています。

■出典:日経クロストレンド「セブンのリテールメディア統括が語る広告戦略の全貌 アプリが要」
他にも、店舗に設置されたデジタルサイネージに動画コンテンツを配信することで、来店促進や購買アップを狙います。
前項で紹介したファミリーマートが22年8月末には3,000点ほどにサイネージ設置をしているのに対し、セブン-イレブンでは23年度上記で数十台に留める方針とのこと。
顧客の体験を損なわないために、慎重に取り組んでいる方針を明らかにしています。
【6】マツモトキヨシ
人気ドラッグストアチェーンのマツモトキヨシでも、リテールメディアの動きは進んでいます。
同店では、Googleのプラットフォームを活用した販促モデル「Matsukiyo Ads(マツキヨアド)」を提供し、メーカーと共同で販促を行える仕組みが出来上がっています。

■出典:Think with Google「メーカーとマツキヨが共同販促「Matsukiyo Ads」- 来店・売上ともにアップ」
ここでは、このプラットフォームを活用して動画広告を配信したデオドラント商品の事例を紹介します。
この事例では、4フェーズで動画のクリエイティブを構成し、コラボレーションの認知から商品訴求、来店を後押しするメッセージへと段階的にアプロ―チしました。
その結果、アプリ会員の購買率は施策の実施前後で176.7%に伸び、この年に販売数全体が落ち込んでいた(前年比66.7%)中で、マツモトキヨシの販売数は健闘(デジタル会員:90.3%、全会員:70.4%)しました。
また、マツキヨアプリ内でも広告枠を設けており、クーポン取得やオンラインストアからの購入によって顧客の反応が見られるため、データが蓄積されて広告効果の分析もできます。

■画像:マツキヨアプリのスクリーンショット
値下げに頼らずに、販促効果を生み出す施策として運営されているMatsukiyo Adsは、まだまだアップデートを重ねていくとのことですので、今後の展開にも目が離せません。
■参考:
・Think with Google「メーカーとマツキヨが共同販促「Matsukiyo Ads」- 来店・売上ともにアップ」
【7】Cookpad storeTV(クックパッド ストアティービー)
三菱食品グループのリテイルメディア株式会社が提供するデジタルサイネージ事業「Cookpad storeTV(クックパッド ストアティービー)」も、リテールメディアの一種です。
Cookpad storeTVは、スーパーマーケットの売り場で料理動画を配信するサービス。ミニサイズのデジタルサイネージで、流通チェーンの販売計画と連動したレシピを、買い物中でも見やすい15秒の動画で配信します。
■写真:著者撮影
また、このサービスにはコンテンツ配信プラットフォームも開放されており、小売企業が売場連動広告をメーカーに販売し、サイネージ内で広告を配信することも可能です。
Cookpad storeTVは、CookpadTV株式会社により2017年12月のリリースされて以来、全国47都道府県にある流通チェーンと連携し、全国約5,000店舗に設置されています。
現在は企業が分割して、クッキングLive事業を行うクックパッドライブ株式会社と、Cookpad storeTVを提供するリテイルメディア株式会社に分かれているとのこと。
クックパッドライブ株式会社の方でも、主軸となるクッキングLiveアプリの提供、エンターテインメントカフェの運営、スイーツブランドのプロデュースなど、多岐にわたるビジネスを拡大。今後も新たなメディアの形が生まれていくことが予想されます。
■参考:
・「全国制覇!料理動画サイネージ「Cookpad storeTV」を全国47都道府県のスーパーに導入完了!」(PR TIMES)
・「Cookpad storeTV、全国6,000店舗のスーパー店頭で広告配信を開始」(SPACE MEDIA)
・「クックパッドライブ株式会社へ社名を変更し、ライブ事業に集中します」(クックパッドライブ株式会社ウォンテッドリー)
運営における注意点
最後に、リテールメディアの運営をする上で、気を付けておきたいポイントを3つ紹介します。
生活者にとっての心地よい体験設計
小売店の新たな収益源として期待されるリテールメディアですが、利益を追い求めすぎると、結果的に顧客離れの要因となることがあります。
生活者にとって、広告だらけの店内やECサイトは情報量が多く、本当に欲しい情報をキャッチしにくくなったり、ブランドイメージを損なうリスクがあるためです。
リテールメディアはあくまで生活者(顧客)への体験提供の一環であることを忘れずに、心地よい広告の内容と設置方法へ工夫しましょう。
プライバシー保護
デジタル活用が浸透するにつれ、個人情報保護に対する関心は年々高まっています。
リテールメディアは、小売企業が独自で収集した個人情報を活用するケースが多いですが、プラットフォームなどを活用する場合には、その提供会社(ベンダー)へ情報が共有されることが前提となります。
トラブルを防ぐためにも、規約にデータの利用用途を明記したり、情報の取り扱いやセキュリティについて分かりやすく説明をするなど、ユーザーが納得・安心できるメディアを目指しましょう。
国内での成功事例がまだ少ない
リテールメディアの先進国であるアメリカでは、その市場が6兆円にも上る(※)と言われていますが、日本ではまだまだ発展途上にあるのが現実です。
国民性やDX化の状況が大きく違い、日本人がオフラインでの購買を好む傾向にある中で、必ずしも海外を模倣する形での運営が合うとは限りません。
加えて、大手小売企業の上位20社が市場の約80%を占めるアメリカと違い、日本では上位20社でも7%弱に留まり、市場がかなり分散しています。(下図)
つまり、日本のリテールメディアへの出稿主は、複数の小売店に対して広く出稿しなければならなくなるということ。
そのような課題を解決するために、複数の小売店を束ねて、広告主とマッチングさせるようなプラットフォームを用意しているベンダーもあります。
まだまだ開拓段階の領域であるため、市場の反応を見ながら、試行錯誤を重ねていくことが求められるでしょう。
※参考:「小売の店舗やアプリが広告媒体に!リテールメディア、収益化の手法と課題とは」
まとめ
リテールメディアは、今後国内での浸透や、技術の発展、AI活用などによる発展が期待されています。
市場も大きくなっているので、運営する/しないに関わらず、新たなマーケティングの方法として認識しておくとよいでしょう。
リテールメディアでは、オンラインとオフラインを行き来する形での体験設計も多いため、OMOの知識を付けておくことがおすすめです。
OMOについては以下の資料で紹介しているので、詳しく知りたい方は無料でダウンロードしてみてください。