顧客体験(Customer experience/CX)は、顧客がある商品やブランドを認知してから得られる、すべての体験のことを表します。
この顧客体験をマネジメントすることが、サービス提供における大きな課題の一つとも言われますが、あらゆるコミュニケーションや体験が含まれるため、具体的な改善点を見つけにくいケースも多いです。
今回は、サービス提供における顧客体験を向上させたい方に向けて、向上への5つのステップとその成果の測り方、向上させ続けるコツをお伝えしていきます。
<こんな方におすすめ>
- 自社の売上をアップさせたい方
- 商品・サービスのリピーターやロイヤルカスタマーを増やしたい方
- なかなか自社のファンが増えず悩んでいる方
なお、具体的な事例について知りたい方は、別記事にて詳しく紹介しています。
>>記事はこちら
「顧客体験向上の成功事例を国内外から7つ紹介|彼らに学ぶ2つの重要な視点とは」
顧客体験(CX)とは
顧客体験(CX・シーエックス)は、ユーザー・顧客がある商品やブランドを知り興味を持ったときから、その商品・ブランドに関わるあらゆるコミュニケーションや接点における体験のことを指します。
例えば、あるアパレルショップの店舗のウインドウを見つけ、店内に入り、商品の比較検討をし、試着時に店舗スタッフと会話をし、その商品を購入するまでの一連の流れはすべて顧客体験に含まれます。
購入後にSNSをフォローしたり、DMを受け取りセールのお知らせを見ること、商品が故障してカスタマーサポートに問い合わせることなどもすべて顧客体験の一部になります。
つまり顧客体験とは、購入前・購入後に関わらず、その顧客がサービス認知をし購入を視野に入れ始めてからのすべての接点を指します。
なぜ重要なの?
顧客体験が重視されている理由は、大きく分けて3つあります。
理由1:商品の品質だけでは差別化が難しくなったため
デジタル化は日々進んでおり、物流などのインフラシステムも整備され、私たちの生活は格段に便利になりつつあります。
商品開発においても、技術やインフラは年々アップデートされ続けています。「品質が良い」というだけで購入動機になっていた以前とは違い、今は「品質の違いが明確に分からないところから、どのように商品購入を決めていけばいいのか」と顧客自身でさえ戸惑うほどです。
極端に言えば、目の前に全く同じものが並んでいたとして、どちらかを選ばなければならないのであれば、「どちらの方がより愛着が持てるか」「より好きになれたか」で購入決定をするしかありません。
この最後の一押しに、
- 「このブランドの店舗に入ると気分が上がる」
- 「店舗スタッフが親切だった」
- 「購入までが楽だった・スムーズだった」
などの“顧客体験”が貢献するのです。
理由2:サービス提供のあり方が変わってきたため
デジタルが発展してきたこの時代、より低コストで商品を届けられるインフラが整ったこともあり、ビジネスモデルは多様化し、サービスの提供手段は以前より増えています。
買い切りの商品に加えて、レンタルサービスや定期購入、SaaS(※)のような継続的に金額を支払い利用し続けるサービスなど、消費のあり方は変わってきています。
これらはサブスクリプション型サービスと呼ばれ、定期的に課金が発生し続けるビジネスモデルであるため、企業側は契約後も利用し続けてもらうために顧客の離脱を防ぐことが求められます。
“売って終わり”の商品とは違い、サービス・商品利用に対する顧客のモチベーションを保ち続けるためにも、よりよい顧客体験の提供をする必要があるのです。
※SaaS(Software as a Service・サース/サーズ):クラウド上に公開されたソフトウェアをインターネット等のネットワークを介して利用できるサービスのこと。有名なサービスには、Zoom、Google Workspace、Dropboxなどがある。
理由3:顧客の情報収集・拡散力が高まり続けているため
3つ目の理由としては、一般消費者の情報発信力やリテラシーレベルが年々高まっていることが挙げられます。スマホが世の中に普及したことが一番の要因でしょう。
もし今、企業が顧客に対して強引な営業行為や押し売りをしてしまえば、次の日にはあっという間に悪い口コミが全世界に向けて発信され、ビジネス拡大の障壁になりかねません。
顧客体験は、マーケティングや顧客満足度の観点だけでなく、自社のブランド維持のためにも無視できない存在になります。
UXとの違い
「ユーザー体験、ユーザーエクスペリエンス(User experience/UX)」と顧客体験の違いは、下記の通りです。
- UX:それぞれのチャネル内(顧客との接点)での顧客の体験
- CX:すべてのチャネルにおける顧客の体験
つまり、UXで重要視されるのは、例えばWebサイトや店舗など各チャネルでの顧客との接点において不便が無く満足度の高い体験を届けられることです。
対するCXにおいては、上記のUXが十分に叶えられていることは前提となり、チャネルを横断しても一貫性のある顧客体験が提供できているか?という点が大事になってきます。
上図の中央にある「ブランドの軸」とは、自社がそのサービスやブランドを通じて顧客に提供したい価値のことを表します。
例えば、下記のようなイメージです。
- 星乃リゾート:「リゾート運営の達人」(平成4年経営ビジョン)
- ワークマン:「働く人たちに便利さを」(コンセプト)
- サントリー:「水と生きる」(企業メッセージ)
- 東京ディズニーランド:「夢と魔法の王国」(コンセプト)
ブランディング専門会社C Space Tokyoが発表した顧客体験価値ランキングで2021年の1位に輝いた星乃リゾートは、それぞれの宿泊施設にコンセプトがあり人気なリゾート運営会社です。
各施設のコンセプト決めは、顧客に近い存在である現場担当者が行うとのこと。リゾート運営という軸のもと、各宿泊施設(=UX)と星乃リゾートを通して得られるすべての体験(=CX)を緻密にデザインしている、CXの代表企業といえるでしょう。
また、同ランキングの2位はワークマン、3位がサントリ―という結果になっていますが、どの企業・ブランドにおいても、あなたが想像する企業イメージと実際にブランドが掲げているコンセプトはおそらく一致しているのではないでしょうか?
東京ディズニーランドの「夢と魔法の王国」というコンセプトも有名ですが、ディズニーランドでは、園内から外(現実世界)が見えないように工夫してパーク設計されていたり、ワクワクするような音楽やパレードで現実を忘れてしまうような演出がされています。
このように、人気の企業・ブランドではしっかりと軸があり、それをもとにした体験提供の一つひとつが「UX」となり、それぞれのUXに一貫性があることが「CX」を作り上げていきます。
なお、UXはIT用語として「デジタルやデバイス上での顧客体験」を表すこともありますが、ここではユーザー=顧客という広義の意味合いとしての定義づけをしています。
■参考:C SpaceTokyo「顧客体験価値ランキング2021」(https://cspace.com/tokyo/cx/)
顧客体験を上げる5ステップ
ここからは、顧客体験を向上する方法についてお話していきます。
まず手順を紹介する前に、顧客体験を上げることの本質についてからお話しておくと、顧客体験の上げ方に“正解”はありません。
理由としては、サービス形態や顧客のタイプ、ブランドの方針により適した体験設計は異なるためです。
そのため、今回はどのサービスにでも共通して当てはまる、抽象度の高い内容にてお伝えしていくこととします。
<顧客体験向上の流れ>
【1】自社が提供できる価値・顧客の明確化
【2】チャネルの整理
【3】カスタマージャーニー設計
【4】実践する
【5】フィードバックを受ける
顧客体験を上げるためには、上記の5つの手順を踏むことがおすすめです。それぞれ解説していきます。
【1】自社が提供できる価値・顧客の明確化
まずは、自社が顧客や社会に対してどのような価値をもたらしたいのか、提供サービスを通して得られる顧客にとってのメリットは何かを明確化しましょう。企業によって、提供価値とターゲット、どちらを先に決めるかは変わってくるかもしれません。
ここでのポイントは、自社が提供できる価値とそれを届ける相手(ターゲットペルソナ)をどちらも明確化することと、提供内容にターゲットからの需要があるかという2点です。
【2】チャネルの整理
提供価値とターゲットが明確になったら、今自社が持っている顧客とのコミュニケーション方法(=チャネル)を整理します。
<顧客との接点(チャネル)の例>
- 店舗、施設
- Webサイト
- SNS
- LINE
- アプリ
- メルマガ
- DM、レター
上記のように、顧客との接点となるチャネルを全て並べてみて、それぞれの成果や利用状況を確認してみましょう。
「知ってもらうためにあるチャネルなのか?それとも継続して使ってもらうためにあるチャネルなのか?」といった視点を持ち、活用できていないチャネルや効果が期待できないものがあれば、その原因を明確にした上で継続するか否かを検討します。
【3】カスタマージャーニー(体験)設計
チャネルが整理できたら、それぞれのチャネルを通して顧客にどのような体験をしてほしいか、またチャネル同士をどのように繋げるかを考えます。
例えば、カスタマージャーニーを作るのは一つの方法です。ペルソナ(ターゲット)がどのような思考や感情を持ち行動していくかを想像し、整理しましょう。
【4】実践する
顧客の体験設計ができたら、いよいよ実践です。以下の流れで顧客体験を提供まで行います。
- 一人ひとりの顧客を判別できるようにする
- チャネルをまたいだ付加価値を提供する
- 顧客の行動データを蓄積する
それぞれ見ていきましょう。
1. 一人ひとりの顧客を判別できるようにする
先ほどお伝えした【2】チャネルの整理のフェーズで、チャネルの整理を行い、【3】カスタマージャーニー(体験)設計では顧客の購買までの流れを想定しました。
ですが、【3】で設計した体験を実際に提供できているかを確認できなければ、顧客体験を高めていくことはできません。そのため、複数あるチャネルの中で、一人の顧客がどのような動きをしたのか把握できる状態にしておくことが大切なのです。
もし、CRM(顧客関係管理ツール)を導入していない場合には、できるだけ早く取り入れることをおすすめします。CRMを既に導入している場合には、以下のポイントを確認しましょう。
- 1人(1社)の顧客にID付けできているか(重複した顧客情報は無いか)
- 既存の利用チャネルとCRMを繋げられているか
- 今後導入予定のツールなどが無いか、ある場合にはCRM連携できそうか
特に2つ目の、活用中のチャネルとの情報連携ができているかは重要です。この部分の情報が繋がっていないと、顧客体験の評価も向上も難しくなってしまいます。
CRMについて詳しく知りたい方は、以下の記事で解説していますので参考になさってください。
2.チャネルをまたいだ付加価値を提供する
自社が複数のチャネルからサービス提供をしている場合、顧客がそれぞれの横断をすることで購買やファン化に繋がったり、よりブランドを身近に感じてもらいやすくなります。
<チャネルをまたいだ価値提供の例>
- 店舗とECサイト共通のポイントシステムを提供
- 店舗で使えるクーポンをSNSやアプリ等で配信
- ECサイト上で各店舗の在庫状況を表示
顧客にとっては、店舗であろうとECサイトであろうと、同じブランドであることには変わりありません。店舗で使えるポイントカードがECサイトで使えないなどとなると、顧客体験を損なう原因になります。
また、ECサイトで見つけた商品の在庫がどの店舗にあるか分かれば、「実物を見てみたい、試着してみたい」などの顧客のニーズに応えられます。
上記のリストを参考に、チャネルを横断した統一的な提供価値は何か検討しましょう。
3.顧客の行動データを蓄積する
顧客体験を向上するためには、顧客がどのような体験をしているのかを俯瞰することが重要です。先ほど紹介したCRMなどで顧客の行動データを集めて記録しておくことで、どういったタイプの顧客が、どのような流れで動いているのかを見ることができます。
顧客の行動データの蓄積方法には、例えば以下があります。
- CRM
- ECサイト
- アプリ
- ビーコン
- センサー(人感センサーなど)
これらのデータは「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」というデータ管理プラットフォームで一元管理できるので、気になる方は調べてみて下さい。
【5】フィードバックを受ける
顧客の情報管理から行動データの蓄積ができる状態が作れれば、最終ステップである“フィードバックを受ける”段階に差し掛かってきます。
顧客体験の主語は“顧客”ですので、自社都合や独りよがりな体験提供をしてしまってはいないか、客観的に俯瞰してみることが大切です。以下の4つはすべて、自社のアクションに対する顧客からの「フィードバック」となります。
- 施策の効果を測定したデータ
- コミュニケーションに対する顧客の反応数と内容
- アンケートやヒアリングの内容
- 顧客からの問い合わせ(クレーム含む)
もちろん、顧客の本音や温度感を知るためには、電話や対面でヒアリングし生の声を聞くに越したことはありません。
ですが今はビッグデータなどの情報技術が発達し、データを分析することで、顧客自身でも気付かないような事実を発見することもできます。定性的・定量的、双方の観点から振り返りと改善を行いましょう。
フィードバックを確認できたら、今実施している施策を見直し、【4】に戻ります。この後は【4】~【5】の繰り返しをしていくイメージです。
顧客体験を向上するコツ
おわりに、顧客体験を高めるコツを5つお伝えします。
できるだけ多くのチャネルで情報を繋げる
先ほどCRM等に触れましたが、実際に顧客がどのような行動をしたのか見ることで、顧客体験向上のヒントを見つけやすくなります。
できればすべてのチャネルで情報を連携し、顧客の入口から出口までを見守れる環境を作りましょう。
効果測定→検証→改善を繰り返す
【4】実践する、【5】フィードバックを受けるの部分でお伝えした通り、実践結果の確認と分析、そして改善の流れは継続的に繰り返す必要があります。
理由としては、顧客体験のあり方は世の中や顧客の状態によって変わってくるためです。例えば、コロナ禍ではオンラインの需要が高いですが、withコロナではオンラインとオフラインの上手な使い分けができる方が顧客にとって有益でしょう。
アクションからの振り返り、そして改善をしていくまでの流れは出来るだけ段階を細かく区切り、継続的に行いましょう。
顧客との接点を増やす
顧客との接点を増やすことが顧客体験の向上に効果的な理由としては、顧客にとっての選択肢が幅広くなり満足度が高まりやすい点があります。
今、一般顧客に使われるのは圧倒的にスマホが多いので、スマホ向けの発信方法を増やしたり、発信する頻度を高めて見たり、広告やCMなどで目に触れる機会を作り定期的に思い出してもらうなど、方法は色々あるでしょう。
- コンテンツ発信(SNS、Web記事、動画等)
- イベント、キャンペーン
- セール、クーポン発行
- 広告配信
- CM
上記以外にも手段はさまざまかと思うので、自社と顧客に合う発信方法で接点を増やし、顧客にとってより身近に感じてもらえる企業(ブランド)を目指しましょう。
一人ひとりに合わせたコミュニケーションを取る
以前は、テレビCMをはじめとした大衆/マス向けの発信方法が一般的でしたが、最近では「One to Oneマーケティング」というものが重視されています。
これは顧客一人ひとりに合ったコミュニケーションを取ることでファン化やロイヤルカスタマー化を狙う動きのことで、例えば以下のようなコミュニケーション方法があります。
One to Oneマーケティングの施策例:
- 店舗での個別接客
- MAのセグメント配信
- アプリのセグメント配信
- リターゲティング広告
- レコメンデーション
- 個々に合わせたDM送付
顧客がよく活用するコミュニケーション方法であることと、成果を確認できるデータが取れる方法であることを確認した上で施策に取り組みましょう。
ブランドの軸を持つ
顧客体験に大切なのは一貫性です。どれだけ頻繁に情報発信を行っていても、個々に合った発信ができていたとしても、自社のブランドの軸と合っていない発信だと印象に残りにくかったり、顧客の混乱を招く原因になります。
例えば、ラグジュアリーブランドで頻繁にセールやクーポンのお知らせばかりが発信されても、顧客としては複雑でしょう。
反対に、低価格がウリのスーパーマーケットなどで高級感漂うインスタグラム発信や高価格帯のレアな食材などのお知らせを頻繁にしたところで、こちらも顧客の求めている「手軽さ」からはかけ離れてしまいます。
ブランドとして何を提供したいのか軸を持ち、そしてその軸をブレさせないことが、顧客体験の満足度向上への近道となります。
まとめ
顧客体験を考える上で欠かせないのは、OMOなど新しい考え方も取り入れ、今この時の顧客に合った体験提供をすることです。
OMOについては以下の資料で解説しているので、自社の顧客体験を考える上での一助となれば幸いです。